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残念ながら今シーズン限りでJ2降格となってしまったFC東京ですが、そういう降格という厳しい状況を受けて来季に向けてメンバーの再編を始めています。今シーズンを振り返る上でいくつかポイントがあると思いますが、まずは来季の編成を考える上で、今季の編成がどうであったのかを自分なりの視点で考えてみたいと思います。


1.中盤の負傷離脱
米本が開幕直前に負傷したのは大きな誤算だったとは思いますが、おそらくそれ以上に大きく計画が狂ったのが梶山。ずっと痛めていた箇所をオフに手術したことにより序盤は欠場と言われていましたが、序盤2試合途中起用した結果、4/24の8節G大阪まで復帰が長引き、その後も何度か負傷で欠場、復帰後も負傷の影響は大きく、本来持っている力から考えれば精細を欠いたプレーに終始し、24試合出場に留まりました。

同じく羽生も18節‐21節まで負傷欠場、22節浦和戦で再び負傷、26節仙台戦から復帰してからは戦績は上向きましたが、負傷が完全に癒えなかったのか、32節名古屋戦、34節京都戦の出場はなし。25試合の出場に留まりました。梶山・羽生の不在・不調は効果的なゲームメイクという観点でも影響が大きく、2人とも不在だった18節鹿島戦あたりからリズムが狂い、25節湘南戦に勝利するまで2分5敗と大きく失速してしまいました。

梶山・米本という軸が定まらず、羽生や徳永、高橋、そして森重・今野、といった他のポジションで期待されていたメンバーを起用することになりましたが、慣れない起用で繋ぐことに意識が向いてしまい、効果的なゲームメイクという観点では十分に力を発揮できませんでした。ポジションが複数変わることによる影響や、梶山のシーズン通しての不調などを考えれば、シーズン開始前の段階で計算できるボランチ補強があっても良かったのかもしれません。

また23節磐田戦から負傷で離脱した鈴木達也も地味に痛かった一人。難しいゲームが増えていく中での途中起用においては、自分のなすべきことをきちんと理解できる戦術理解度の高さも求められます。羽生がベンチに退いた後、ゲームを終わらせる役割をこなす適任を考えた時、シンプルに仕掛けていくことが持ち味のリカルジーニョや大竹・ソ・ヨンドクや、豊富な運動量からリズムを作る松下、本来の起用法ではなかった重松らでなく、鈴木達也のような存在が必要ではなかったでしょうか。


2.起用が定まらなかった前線・SB
前線は開幕から平山を軸として赤嶺、重松、リカルジーニョという相棒探しが行われていましたが、リーグ戦12試合で軸となって平山がPK含む2得点、重松がPK含む3得点、リカ、赤嶺が0点。ここで得点を奪えない苦しい状況を打開するために横浜FCから大黒獲得に動いたわけですが、効果的な繋ぎという点で苦しんだチームが、FWが点を取れる形を作れるように、ゴールから逆算できるような戦い方がチームとして出来ていたのか、そこは検証すべき部分だと考えます。

また大黒加入直後に、赤嶺が仙台に期限付き移籍。陣容を厚くするという点で、大きな誤算が生じました。リカルジーニョと大黒という新しいコンビでリスタートしましたが、リカルジーニョが左に流れるスタイルは中の枚数が足りなくなる現象を生み、また大黒自身も独力で局面を打開するタイプではなく、シンプルに相手DF陣との駆け引きからゴールを生み出すことが持ち味の選手。シンプルなゲーム運びができない状況で、城福監督時代の大黒はなかなかシュートまで持ち込むことが出来ず、11試合2得点に終わりました。

大熊監督が就任してからは平山を前線の軸に起き、よりシンプルにゴールを狙うような形が増えて大黒らしさも活きるようになり、11試合で5ゴール。終盤戦を戦う上で大きな戦力となりましたが、最後は負傷から出場時間は大きく伸びませんでした。また平山も終盤5試合で3ゴールと気を吐きましたが、そのプレーが活きるようになるまでに時間がかかった印象。また赤嶺と入れ替わりで加入した前田も途中交代で起用されましたが、大熊監督が期待するようなパルプンテを起こすことはできませんでした。

昨年ブレイクした石川のゴール数が伸びなかったことも誤算でしたが、枚数から考えても前線に得点を計算できるような補強が必要でした。シーズン前に獲得に動いていた大黒加入がシーズン途中になったこと、またボランチが落ち着かなかったことで、チームとしての力点がそちらに向いてしまい、前線に点を取らせるためにチームとしてどういう形を作るかがおざなりになってしまったことも、得点に繋がらなくなった要因だったように感じます。また大熊監督はともかく、城福監督のサッカーで大黒が向いていたのか、その視点も必要でしょう。


また徳永のボランチ起用もあって、両SB起用もまたなかなか定まりませんでした。前半は左右できる長友がベースに左SBにキムヨングン・松下、右に徳永・椋原・中村北斗などを併用する試行錯誤。12節の清水戦を最後に長友が移籍後も定まらない状況は続き、最終的に今季のベースとなる右SB椋原、左SB中村北斗という形ができたのは21節の神戸戦。中断期間中の阿部巧の期限付き移籍も首を傾げるものでしたが、諸事情があったとはいえSBを固定できるようになるまでに時間が掛かりすぎていた印象です。


開幕時に城福元監督が失点の少ないチームと言及していることからして、前線の得点力不足はある程度予想していたような印象も受けます。ただボランチだけでなく、長友の今夏移籍も予想されていたことから、SBも試行錯誤せざるをえませんでした。その状況でセットプレーのキッカーとして、また複数のポジションをこなせる人材としても、新加入だった松下は密かなキーマンだったのではないでしょうか。しかしその松下も力を出しきることができずに徐々に出場機会を失ってしまったことも、チームの方向性を定めるための時間を作れなかったという点で、ひとつのポイントだったのかもしれません。

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2010.12.19 23:55 | FC東京 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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